地理
埼玉県の南西部、北緯35度53分/東経139度11分。そこに名栗地区はあります。
飯能市の最西端に位置しており、西は秩父市、北は横瀬町。南は東京都の奥多摩町や青梅市に接しています。北西から南東に細長い形をしていて、面積は58.56㎢。ただし、約95%が森林ですから、川沿いの平坦な場所は皇居の総面積より少し大きいぐらいにすぎません。おおよその家屋はそこに点在もしくは集合してあり、集落を形成しています。荒川支流の入間川の源流域にあたるここには、500mから1000m級の山々が連なり、全域が県立奥武蔵自然公園に指定されています。
気候
南東に開いた峡谷地形は、湿潤な季節風を呼び込みやすくしています。
『名栗音頭』の二番冒頭で唄われる「けむる朝霧ソレ河原の峰にハヨイトコラサ」との風情はまさにその通りで、朝方、山々にかかる靄はまるで呼吸しているかの如くで圧巻です。夏にはそれが涼気を導き、子どもたちを川遊びへと誘うものともなります。
ちなみに、先の『名栗音頭』は「ソレ名栗よいとこヨイトコリャセ」とのくだりで締めくくられます。
ここに暮らす人々が、この風土を慕い、溶け込み、愛してきたことを表す一節です。
人口
名栗地区の人口は、およそ1600人ほど。計算上の人口密度は約28人/㎢となります。これは、日本の平均人口密度の10分の1にも満たない数ですが、それは、必ずしも人と人との距離を表す数字ではありません。
人口が少ないからこそ、積極的に声を掛け合い、助け合う。誰かが困っていると、どこからともなく助けの手が差し伸べられるのが、名栗の不思議なところ。最近では、そうしたコミュニティやライフスタイルを求めて、移住してくる人が増え始めているようです。
また、自然と触れ合えるアクティビティを求めて、名栗地区を訪れる観光客も多く、そうした関係人口まで含めて、多様な関係性が生まれる地域であると言えます。
清流
名栗地区には、入間川・有間川・横瀬川の3本の川が流れており、それは生命(いのち)の育みが始まる源流でもあります。江戸時代、そうした水源地は “優良資源維持” を目的として幕府によって管理されました。子持岩、弁天岩などの奇岩が続く名栗川渓谷は、未来に残したい「日本の自然100選」にも選ばれ、その澄みきった流れは今も昔も変わらぬ姿を見せてくれます。
地元の人たちは、入間川の上流域のことを、愛着を込めて「名栗川」と呼んでいます。
名栗に春の訪れを告げるのは、“清流の歌姫”とも称されるカジカガエルの美声。初夏には幻想的にホタルが舞い、秋は河岸に連なる色とりどりの紅葉。そして、凛とした静寂が訪れる冬、名栗川のせせらぎの音が心地よく響きます。季節と共に巡り、私たちに癒しを与えてくれる、この名栗川の清流は、名栗地区上水道の水源としても活用されています。飯能市内各地で購入することのできる、ボトルドウォーター「名栗の森のおくりもの 源流飯能水」もまた、名栗地区で取水された、名栗の森からのおくりものです。
歴史
現在の飯能市名栗地区には、かつて「上名栗村」と「下名栗村」の2つの村が存在していました。
明治23(1890)年、市町村制制定により上・下名栗村が合併し「名栗村」
さらに平成17 (2005)年 に飯能市に編入合併し、現在の形となっています。
この、山間の土地に、人々が定住し集落を形成し始めたのは平安時代以降。名栗の地名を初めて史料で見つけることができるのは『造営木注文』(秩父神社所蔵)で、”元享4(1324)年に秩父神社の造営材を我那(吾野)と那栗(名栗)に割り当てた”という記録があることから、当時から木材の生産・供給を行なっていたことが伺えます。
「三匹獅子舞」は、そうした名栗の歴史を今に伝える地域行事です。地域の子どもからお年寄りまで、幅広い年齢層が一堂に会し、大切に受け継がれている民俗芸能です。夏の終わりに、上・下名栗それぞれに開催される2つの獅子舞。その舞からは、かつて、この地に暮らした人々の、祈りや願いを垣間見ることができます。
林業
面積の95%が森林である名栗地区は、林業によって作り上げられてきたと言っても過言ではありません。杉・桧を生産するのに適した気候で生産された名栗の木材は、質・量ともに、江戸幕府からも重宝され「西川材」の一大産地として、隆盛を誇りました。「西川材」の名は「江戸から見て西の方の川から来る材」という意味に由来しています。
当時の名残を伝える名栗の郷土食が「しばづと」です。これは、山仕事に出かける人たちの携行食。殺菌力のある朴葉で包んだ赤飯のことで、時間のない中での、エネルギーチャージにはもってこいだったのでしょう。
しかし近年、全国的に叫ばれるようになった木材の価格低迷や林業従事者の高齢化などの問題は、名栗地区も同様に抱えており、今後森林資源をどのように管理・活用していくのか考えていくことが課題となっています。
観光
都心からほど近い距離であることもあり、気軽に自然と触れ合える地域として、年間通して多くの観光客が訪れています。川遊び、登山はもちろん、キャンプ、サイクリング、渓流釣り、カヌー…etc. もはや、名栗そのものが観光スポット。どう楽しむかは、あなた次第です。
グルメも、美味しい水をふんだんに使った、こだわりのあるメニューを提供するお店が多くあり、きっと大満足の体験が得られるはずです。
〈参考文献〉
名栗村史編纂委員会『名栗村史』1960年
名栗村教育委員会『近世武州名栗村の構造』1981年
名栗村教育委員会『名栗の民俗(上)』2004年
飯能市教育委員会『名栗の民俗(上)』2008年
飯能市郷土館『名栗の歴史 ー森林とともに歩んだ文化をさぐるー』2008年
飯能市名栗村史編集委員会『名栗の歴史(上)』2008年
飯能市名栗村史編集委員会『名栗の歴史(下)』2010年
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